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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4060号 決定

申請人 原田信一郎

被申請人 東洋電装株式会社

主文

被申請人が申請人に対して昭和三二年八月二日なした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請代理人は主文と同旨の裁判を、被申請代理人は申請却下の裁判を求めた。

二、疎明によれば被申請人は自動車部品の製造販売を主たる業務とする会社であり、申請人は昭和三〇年一一月被申請人に期間の定なく雇傭され、一年後にはその調布工場製造部調整係長となつたが、昭和三二年八月二日に被申請人より調布工場長会田喜内を通じて解雇の意思表示を受けたことが認められる。被申請人は昭和三二年三月三〇日附の申請人提出の辞職願による合意解約申入に対し同年八月二日承諾したものであると主張する。しかし、疎明によれば、申請人は右辞職願を提出したことはあるが、そのいきさつは申請人を主導者とする一部従業員は昭和三一年暮の賞与支給その他待遇改善について工場長と交渉し未解決のまま会社との円滑を欠いている間昭和三二年三月二五日に支給されるべき給料が遅配となつたのでこれに抗議し会社に反省を促す意味をもつて申請人ほか調布工場係長三名が相談して同月二六日以降集団欠勤し同月三〇日出社したところ、工場長より「本社の方で怒つているのでうまくゆくよう交渉するから暫く謹慎していてくれ、なお本社の面子もあるので一応辞表を出してくれ」といわれて提出したものであるが、その後四月六日申請人は社長との話合いの結果辞意を撤回し会社は辞表を受理しないこととし翌七日から従前通り勤務することに円満解決し同日以降就労したことが認められる。従つてその後右辞職願に対し承諾がなされても合意解約の成立すべき筋合はないといわなければならない。

三、申請代理人は右解雇の意思表示は申請人が危険思想を抱懐する者であると考えたのが理由であるので労働基準法第三条に違反すると主張し、被申請代理人は申請人が会社に対し非協力的であり、工員全体の加入する親和会にも入会せぬなど工員とも同調できず、昭和三二年七月中旬営業部に転任を命じた際にこれを拒否し業務命令に反抗したので解雇したと主張する。

疎明によれば本件解雇に至る経緯について次のことが認められる。

(イ)  昭和三二年三月被申請人会社の給料遅配に対し申請人ら係長四名が相談のうえ集団欠勤して抗議し、前記のような解決となつたが、被申請人は申請人をその主謀者と目していた。

(ロ)  被申請人会社の給料遅配はその後も漫性化し、申請人は工員を代表して工場長に早期支払を交渉した。工場長は七月以降の昇給を約していたが、同月に入つてもその様子もなく、申請人が工員に頼まれて交渉したところ、工場長の力ではどうにもならぬとの答で、申請人を中心に工員らは組合を結成しストライキに訴えてもとの相談もあつたが、工場長が昇給に努力すると約したのでそのままに終つた。被申請人はこれらの動きも申請人の主謀するところと目し、本社では申請人をアカだと言う向きもあつた。

(ハ)  同年八月二日会田工場長は申請人に対し「株主も社長も君が危険思想の持主でアカだからやめさせると言つている」と告げやめてもらいたいと通告した。

(ニ)  これより先同年七月二五日頃工場長は申請人に対し営業部強化のため同部に転勤するよう要求したが、申請人は営業部に移ると残業手当がつかず外廻りのため経費がかさむから減収にならぬよう考慮してくれれば喜こんで移ると答えたところ、工場長は社長や本社の者とよく相談してみようと言つて別れたものであつて業務命令に反抗したものではなく、その他申請人が非協力的であつたり、同調性のないことを認むべき疎明はない。

以上の事実からみれば、被申請人の本件解雇通告は申請人が待遇改善のための交渉の中心となり、組合結成スト指導の有力者であろうと考えたことから(かかる交渉行動は労働者に保障された権利であり、それによつて被申請人の業務を不当に阻害するものでないこと勿論である。)申請人を危険思想すなわち左翼思想の持主と目し、その故になされたものと認めるのが相当である。従つて本件解雇は申請人の信条を理由とする解雇に該当し、労働基準法第三条に違反し無効というべきである。

四、以上のように本件解雇が無効であるに拘らず被解雇者として扱われることは労働者である申請人にとつて著しい損害であることは明らかであり、かつ疎明によれば申請人は妻と幼児を抱え、他に職もないことが認められるので仮にその地位を保全する必要があると考える。

よつて本件申請を認容することとし、申請費用について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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